イカ太郎オフィシャルブログ

裸足ブロガーの "自分の感覚を信じる生き方"

不食との出会い

先月の26日から不食実験をはじめて今日で20日。

1ヶ月くらい経ったら、ツイートをたどって、どんな日々だったかまとめてみようと思っている。

5日目と10日目にこれはマズイという局面があったが、今は非常に快適だ。

食べないとこれほど体が楽になり、気持ちも穏やかになるのかという発見はやってみないと分からないと思う。

 

 僕はもともと食に対する執着はあまりないほうだ。

食べることは好きだけど、「食べたいものある?」って聞かれても、「特にないなぁ」って感じ。

美味しければなんでもいい。

たいていのものは美味しく感じられる性分だ。

 

子供の頃からテレビをほとんど見ないで育ったことも大きいかもしれない。

小さい時から目が悪かったから、テレビはほとんど見せてもらえなかった。

 当然ファミコン全盛時代にもゲームさえしていない。

 同級生との会話はほとんど分からなくて孤独感を感じた時期もあったけど、今はそれでよかったなと思っている。

 

おかげで独自の視点を持てるようになった。

大人になった時、テレビを通した常識を持っていないことはプラスに働く。

みんなが当たり前に思うことが当たり前に思えない能力。

そういう経験が積み重なったことで常識を疑う目が養われた。

そういう感覚が僕を不食「人は食べなくても生きていける」という信じられないほど常識外れな世界に引き寄せたのだろう。

 

不食と出会ったのは、バイクメッセンジャー(自転車で荷物を運ぶ仕事)をやっていた頃に同僚から勧められた1冊の本だった。

人は食べなくても生きられる

人は食べなくても生きられる

 

2007年、ちょうど10年前のことだ。

夢中で読んだ。

 

ずっと貧乏していたから、食べなくても生きていける、お金から自由になれる、ということに希望を抱いた。

そして実行した。


4日間ほとんど食べずに過ごし、その後伊豆高原にある断食施設「やすらぎの里」で1週間の断食を行い、戻ってきた後さらに1週間、ホテルの配膳のバイトをしながら継続した。

 

18日間の断食。

 

やすらぎの里まではよかった。

フラフラながらも断食の気持ちよさを感じることができた。

しかし、その後ホテルのバイトをしながらの断食は無理だった。

肉体的にも精神的にもストレスがかかる状況では食べないでいるとただただ衰弱していく。

あの時はまさに餓鬼のようになった。

ガリガリで渇望感しかなかった。

 

「こりゃこのまま続けたら死ぬな」と思った。 

当時の彼女、今の奥さんの心配もピークに達していた。

そうして1回目の僕の不食トライアルは終わった。

 

だから今回の不食トライアルは10年ぶり2回目ということになる。

10年前よりも不食を取り巻く環境は変わった。

秋山 佳胤さん、 森 美智代さんという比較的一般ウケする不食者が現れ、食べないことや断食のの効能が世の中に以前よりは浸透した。


書籍も増えた。

 

今回もう一度不食に挑戦しようと思ったのは「食べない人たち」という本を読んだからだ。

食べない人たち (「不食」が人を健康にする)

食べない人たち (「不食」が人を健康にする)

 

10年前は僕の中であやふやだった「食べなくても生きていける」という考え方は、これを読んで確信に近いものになった。

これだけ多くの人が食べなくても生きていけるなら、僕だってできるだろうと。

今回19日経って、これほど心地よく過ごせているのは、その確信があったことが大きいと思う。

 

食べないことに対する不安感がないということは、空腹感を心地よく感じさせる上では非常に重要なことだ。

 

もし不食や断食に興味があるなら、書籍を読んで、「食べなくても人は生きていける」という確信感を少し育ててからにしたほうがいいと思う。

 

僕は食べないことを通して今とても幸せな時間を送れるようになった。

幸せな気持ちを感じるためなら不食や断食を選ぶ必要はない。

他にもいろんな方法があるだろう。

でも食べないことで自分がどうなるのか興味があるのなら、やってみるのもありだと思う。

 

 

正直なところ、食べないことを継続すると自分を取り巻く人間関係に悪影響もある。

僕の場合は、奥さんにストレスが溜まりすぎた。

自分は食べるけど、旦那は食べない。

それは大きなストレスになったようだ。

 

このままでは家庭が崩壊する。

 

そう思ったから、今週からは夕食を一緒に食べるようになった。

 

食に対する執着の強い人の前ではあまり不食の話はしない方がいいかもしれない。

 

 

「食べても食べなくてもいい。」

僕が目指したのはそこだったから、食べないことで快適に生きられることがわかった今は、食べないことにこだわる必要もないのかなと思っている。

 

不食という試みはとても面白いゲームだ。

こうしてみたらどうだろう?

今自分の中の感覚はどうなってるかな?

と考えたり観察したりしながら時間を過ごすことは楽しい。

 

そして何より空腹を感じることで優しい気持ちになり、寛大な気持ちが膨らんでくるから不思議だ。

断食を続けたブッダが優しく穏やかな人であった(らしい)というのは当たり前の結果だったように感じられる。

  

 

もしあなたがこれからそのプロセスに入ったり、すでに入っているのなら、その体験談を聞かせてほしいなって思う。

 

同じ興味を持つもの同士の会話は楽しい。 

裸足ランニングの仲間たちとの会話が刺激的で楽しいように。

 

不食・少食の世界でもそんな会話を楽しみたいな。