イカ太郎オフィシャルブログ

裸足ブロガーの "自分の感覚を信じる生き方"

リニューアルのお知らせ

イカ太郎オフィシャルブログに来ていただいてありがとうございます。

 

8月3日よりこのブログは

https://ikatarou.com

としてリニューアルいたしました。

 

新しい記事も追加されております。

 

今後もイカ太郎オフィシャルブログをよろしくお願いします。

週末フリーランス養成講座で学んだこと


濃密な2日間だった。

自然豊かな素晴らしい環境で素晴らしい人たちと出会い、素晴らしい学びの時だった。

僕の勝手な想像なんだけど、もしかしたら「今さらブロガーなんて」って思ってる人も多いんじゃないだろうか。

アフィリエイトと欲まみれの世界。

そんな風に想像している人もいるかもしれない。

少なくとも千葉県金谷のコワーキングスペースまるもはそうじゃなかった。

愛に満ちた世界だった。

この写真から何を感じますか?

コワーキングスペーススペース住民がしばし旅に出る。そのお見送りの一枚。

去年出会った裸足のコミュニティは愛の世界だった。

ブログの世界も愛の世界だった。

この世を悲観的に見る必要はない。

愛に満ちた世界はいたるところにある。今ぼくはそう確信している。

 

週末フリーランス養成講座とは


昨日の投稿で書いたけど、この投稿だけ見たひとには僕が参加してきた週末フリーランス養成講座がなんなのか分からないと思うので軽く紹介しておきたい。

週末フリーランス養成講座は千葉県富津市金谷にあるコワーキングスペースまるもで不定期で週末に開催されている有料の講座だ。

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料金は今回15000円。

もともとここではシェアハウスに1ヶ月泊まり込みで受講する田舎フリーランス養成講座、略して「いなフリ」をやっていたのだが、1ヶ月も時間が取れない人や、週末しか時間が空いてない人たちのために開くようになったそうだ。

今回のテーマは「ブログのブランディング」

一応テーマは決まってるんだけど、参加者の傾向や状態を見ながらフレキシブルに内容も変えている。

参加者の状態に自由自在に変えられるあたり、講師陣の経験の深さを感じる。

今回の講師はこちらの2人。

やぎぺーさん

www.jimpei.net

 

池ちゃん

ikechan0201.com

 

2人とも無理せずにしっかりとしたファンの読者を獲得しているプロのブロガーだ。

歳は若いが、人柄、雰囲気ともに成熟している素敵な人たち。

2日間という短い間だったけど、とても信頼できる素晴らしい講師だった。

講師だけど、講師じゃない。

ブログのことを愛しているひとりの人間として受講者と同じ目線で話してくれる。

そう思わせてくれる度量の深さにこの人たちの満ち足りた日常を垣間見た。

 

 

この2日間で学んだこと

 

講義としてはこんなことを学んだ。
・ブログをやる上で押さえておくべき基本的なこと
・アフィリエイトとはどういうものか
・いい記事を書くための基本的な方法

それらの中身を全部を書くことはできないが、自分なりに咀嚼し理解した大切な部分だけおすそ分けしたい。

ブログ名は印象的であるほうがいいが、奇をてらう必要はない
奇をてらう必要はないと講師の2人が言っていたのが印象的だった。

目立とう目立とうと考える必要はない。

ブログ名はその人のセンスそのものなのだと思った。

自分のセンス以上のものは出ない。だから背伸びする必要も奇をてらう必要もないのだ。

大事な要素だけど変に力を入れる必要はない。

しっかり考えて、これだ!と思ったものを付ける。

もし違うと思ったらしっくりくるまで変えればいいのだ。


記事のタイトルはものすごく大事

僕は長らくアプリを作ってきたので、アプリのアプリ名、アイコンみたいだなって思った。
人に見てもらうためのもっとも大切な要素。

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書籍の表紙といいかえてもいいだろう。

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大量のブログ名が並んでいる中で人々はアプリ名とアイコンから中身を想像し、興味を引かれればタップする。タップされない限り中身を見てもらえることはない。

どんなにいいものを作っても使ってもらえない限り、その良さが伝わることはない。存在しない。

だからタイトルはしっかり考えて決める必要がある。

テクニックとしてこんな方法を教わった。

記事の内容をキーワードにし、検索してみて社会のニーズを見る。

その上でニーズに合っていて、大量のブログ名タイトルを並べた時に「おっ!」って思えるようなものを考えるのだ。


プロフィールは読者との信頼を築くためのもの

本なんかもそうだけど、内容以前に「誰が書いているか」ということで、読みたい・読みたくないを決める部分があると思う。

胡散臭いプロフィールだったら読みたいと思わないだろうし、バックボーンにあまり根拠がなくても読みたいと思わない。

逆にプロフィールに信憑性があり、安心できる要素があれば、読んでみたいと思うと思う。

発信者として知名度が高ければ信用が上がるのはもちろんだけど、無くても書き方次第で信用を上げることはできる。

「顔出しをした方がいいよ」って言っていたのが印象的だった。

ブログは自分をさらけ出している人の記事のほうが面白い。

顔出しは心を開いてなければ怖くてできない。

顔出しをしているということは自分を表現する上での覚悟がある証拠とも言える。

(ただ目立ちたいということもあるだろうけど)

ブログをやるうえで顔出しは当たり前のことだなって思った。

 


移住しようと思った

到着して金谷の環境にいきなり惚れた。

海があり、すぐそばに鋸山という素晴らしいハイキングコースがある。

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バイクやロードバイクを楽しむために、登山を楽しむために、釣りを楽しむために(たぶん)都内から来ている人がいたるところにいた。

街は小さく、漁師町特有のラフさがあって、背伸びをして生きる必要がない。

今住んでいる横浜へもフェリーに乗って東京湾を渡ればそんなに長くない時間でいける。

なによりフェリーに乗っている時間が心地よい。

月に1回くらいフェリーに乗ったら広大な海を違う視点から感じることができる。

なんて素敵なことだろう。


2日目の朝、奥さんに金谷の写真を送った。

そして思い切って引っ越したいということを伝えた。

意外にも奥さんは「いいんじゃない?」と乗り気になった。

もしかしたらここで奥さんと子供と3人で新しい暮らしが始められるかもしれない。

そう思ったら嬉しくてたまらなくなった。

 


またすぐにお邪魔します

濃密な2日間だった。素敵な2日間だった。幸せな2日間だった。

こんな機会と場所を作ってくれた田舎開拓者・池ちゃんとスタッフのマルちゃん、講師のヤギペーさん、そして一緒に素晴らしい時間を過ごしてくれた受講生のみんなにに感謝の気持ちを伝えたい。

ありがとう。

 

また近々お邪魔します。

千葉の素敵など田舎にブログの基礎を学びに来たよ

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千葉県富津市金谷に来ています。

 

地図で見るとこんな場所。

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いいところです。

 

海も山も近くて、街は小さく、どこに行くにも徒歩で行ける。

 

 

特に山が素晴らしくて、鋸山という素晴らしいハイキングコースもあります。

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こんな絶景を楽しめるところもあるみたい。すごくない?

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そんな金谷で何をしているかというと、コワーキングスペース「まるも」で開かれている週末フリーランス養成講座に参加しています。

 

1泊2日の合宿コースです。

 

今回のテーマは「ブログのブランディング」。

 

もともとこのコワーキングスペースには来たいと思っていて、機会を伺っていたところ、このイベントの募集があり、「これだ!」と思ってノータイムポチりしました。

 

即決。

 

素晴らしい場所

ここまではフェリーで来ました。

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横須賀から東京湾フェリーで海を渡る。

 

非日常感満載。

 

船の中も快適。

 

テンション上がっちゃった僕。

 

おいおい、いつもの不動心はどこへ行った?

 

 

心地よい時間を40分ほど過ごすと金谷に到着。

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写真だとうまく伝わらないかもしれないけど、圧倒的な森の深さに感動しました。

 

ツイートの方が伝わるかな。

 

変わりませんねw

 

フェリーを降りるとたくさんのツーリングを楽しみに来た人や、登山に来た人がいました。都内から来てるんでしょうね。いいところだもん。

 

フェリーから駅までも歩いてすぐ。

 

小さな町でスーパーや商業施設もちんまりまとまっています。

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こんな素晴らしいところで初心者ブロガーである僕は経験豊富なブロガーさんたちに教えを請いに来ました。

 

超豪華な講師陣

教えてくれるのはこの人たち

 

ヤギペーさん

www.jimpei.net

 

池ちゃん

ikechan0201.com

 

二人とも凄腕のブロガーさんです。

 

お世話になります。

 

ブログの基本を教えてもらった

初日の昨日やったのは、ブログをやる上での基本を教えてもらい、やって当然のことを洗い出しました。

 

奇をてらう必要はないんだよ、普通でいいんだよ、というスタンスが印象的で背伸びする必要はないんだな、というのが印象です。

 

僕も僕のそのままを表現していこうと思いました。

 

ブログには2つの路線があるようで、

・自分の個性を表現する

・情報を集めて提供する

 

前者なら自分の個性を出してくスタイルで、後者ならネットで求められている情報を自分の手と足で集めて公開するスタイルです。

 

もし自分の個性というものがよく分からなければ後者を選べば良いのです。

 

無理させない。いい感じだわ。

 

僕の場合は少食や裸足という変わったライフスタイルがあるので前者で行くことになりました。

 

 

ブログリニューアルします

今日の投稿いつもより読みやすいでしょ?

 

小見出しをつけると読みやすくなるよ、ってヤギペーさんに教わったので早速やってみたんです。

 

うん、確かに読みやすい。

 

と思うけどどうでしょうか。

 

あとは、デザイン面・構成面のアドバイスももらいました。

 

それを聞くうちに、とりあえず簡単に始められそうだから選んだはてなブログをやめて、構成にもっと自由度のきくWordPressというブログプラットフォームに切り替えたいなって思うようになりました。

 

というわけで、昨日の夕方から絶賛ブログリニューアル中です。

 

プロフィール写真とかも撮ってもらったので、それも使いたいなと思ってます。

 

独自ドメインも取りました。

 

その名も

 

ikatarou.com

 

普通に取得したら、周りの人が「え?それ取れちゃったの?」と言いました。

 

なんかラッキーだったようです。

 

というわけで近々リニューアル予定です。

 

お楽しみに!

外から入ってくる情報を鵜呑みにしてないだろうか

(アメリカインディアンにとってタバコは宇宙を感じ、仲間と繋がるための聖なる植物だった)

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数日前から毎朝一本のタバコを吸うようになった。

 

毎年8月1日に湯河原でお神輿を担ぐ。

 

普段、タバコは吸わないし、酒も飲まない。

 

しかし1年に一度のこの祭りでは酒を飲み、タバコを吸う。

 

ハレとケの区別というやつだ。

 

日常と非日常の違いをはっきりさせることで非日常を輝かせ、日常をも輝かせる。

 

その準備としてタバコを吸ってみたら、今まで感じたことのない感覚があったので、これは習慣化しようと思ったのだ。

  

 

今日も早朝の公園に行き、森の中のベンチに座った。

 

周りではたくさんのセミが鳴いている。

 

骨盤の底にある2つの骨の上に上半身をストンと乗せる。

 

タバコを取り出し火をつけた。

 

僕が買うのはアメリカンスピリットという無添加タバコ。

 

インディアンたちが吸っていた葉っぱと同じもの。

 

少し違うのは1年間熟成させる行程があり、より深みのある香りがあることだろうか。

 

ペリックという製法らしい。

 

静かに箱から一本取り出し、火をつけずに香りを嗅ぐと、タバコの葉の澄んだ香りがする。

 

ライターを取り出し火をつける。

 

燃焼材は入っていないので、ジリジリとゆっくり火がつく。

 

たった一本のタバコと真剣に向き合うことで、そこにアメリカインディアンがあじわっていたであろう儀式的な厳かさを感じた。

 

そこには少食に似た感覚がある。

 

食事も必要以上に食べれば毒になるが、一食に向かい合い、ありがたく必要な分だけいただけば栄養以上の何かが得られる。

 

タバコも同じだ。

 

ストレス解消のために浪費すれば毒になるが、一本に向かい合い、ありがたくいただけば、五感をふんだんに感じることができ、心が整う。

 

一口吸って味わい、息を吐く。

 

そして目を瞑り、体の感覚に耳をすます。

 

タバコの効果で聴覚と触覚が鋭くなる。

 

周りで鳴いているセミの声を皮膚で感じる。

 

皮膚が音を聴いている。

 

蚊が足元と腕に寄ってくる。

 

1ヶ所、2ヶ所と刺されていく。

 

彼らが体の上で血を吸っている感覚が分かる。

 

血を吸い終わって去っていくと刺された場所がドクドク脈打つ。

 

痛みもそうなのだが、瞑想をしながら体に感じる感覚を丁寧に観察していくと、痒みもただの感覚でしかなく、苦痛は感じない。

 

丁寧に観察することで痛みも痒みも苦痛ではなくなるのだ。

 

不思議。

 

 

セミの声が大きくてそれまで聴こえなかった遠くで走る車の音が聴こえた。

 

遠くに飛ぶ飛行機の音が聴こえた。

 

遠くにあるものの音が聴こえるようになると、自分が大きな空間の真ん中にいることが分かってくる。

 

僕はこの大地の一部に佇んでいるのだ。

 

 

裸足で地面を感じる。

 

地面、椅子という個体と接触しているだけでなく、空気・空間と接触していることを強く感じる。

 

 

10分ほどしてタバコの火はフィルター近くまで燃えた。

 

燃焼材を加えていないこのタバコは通常のタバコの2倍ほどの時間をかけて燃える。

 

ゆっくり・ゆっくりと燃えていく。

 

 

これが僕のタバコの吸い方だ。

 

タバコを使った瞑想法。

 

静かに静寂に落ちていく10分間。

 

 

瞑っていた目を開けてみると目の前には森がある。

 

緑が迫ってくる。

 

フワァ、俺、生きてる。

 

 

結局8ヶ所蚊に刺されたが、彼らとの素晴らしい共生の時間だった。

 

痒みを感じなければ、彼らとの共生はたやすい。

 

彼らは子供達への餌を得ることができ、僕は森での時間を共有できた。

 

森に感謝しながら家に向かって歩き始める。

 

五感が研ぎ澄まされているので、いつも以上に足の裏が心地よい。

 

 

毎朝5時過ぎに公園で運動しているおじいさんに挨拶して少し談笑した。

 

心がパッカリ開いているから通じ合うような感覚があった。

 

 

タバコを取り巻く環境は平成になってから大きく変わった。

 

喫煙者は喫煙所という煙地獄に押し込められ、道端で吸うことは躊躇われる時代になった。

 

そのこと自体は悪いことではないと思う。

 

おかげで道端に落ちているタバコの数は激減したし、闇雲にタバコを吸う人は減った。

 

喫煙所という煙地獄でタバコを吸うことが体にとって心地いい体験になるとはやっぱり考えづらい。

 

しかしタバコにはお酒同様に、人と人との間の障壁を取り去る何かがあるように思う。

 

キャンプをしながら友達と一緒に吸うタバコ、登山をしながら休憩で吸ったタバコ、あの時の時間の共有感は一緒に酒を飲んだ時、一緒にコーヒーを飲んだ時のような素晴らしさがあった。

 

 

環境を選び、最高の状態で一本のタバコと向かい合ってみよう。

 

環境を選び、最高の状態で一食の食事と向かい合ってみよう。

 

環境を選び、最高の状態で一杯のお酒と向かい合ってみよう。

 

環境を選び、最高の状態で一杯のコーヒーと向かい合ってみよう。

 

どれもすべて依存性のある嗜好品だが、依存せずにそれらの与えてくれるものをいただくことができるだろう。

 

 

もしタバコは「悪いもの」だと一概に思っているとしたら、少し立ち止まって自分の心に耳をすましてみて欲しい。

 

外から入ってくる情報を鵜呑みにしてないだろうか。 

 

裸足で楽しむ色々な路面

(毎朝少しだけシンギングボールの縁をなぞって倍音を聴く。

体の力をリリースし、呼吸を楽にするための大切なひととき。)

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昨日の投稿を読み返していたら、

 

裸足で歩く場所は色々あるけれど、みんなどういう思いで歩くのだろう?

 

どんな風に感じているのだろう?

 

と思ったので、今日は「裸足で歩く路面たち」っていうテーマで書いてみようと思う。

 

下の写真は今朝ぼくが家から駅に向かうまでの間に裸足で歩いてきた路面たちの写真。

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たった700メートル、15分ほどの間だけど、いろいろあります。

 

アスファルトのやつ以外はすべて途中にある公園。

 

公園一つが多くのバリエーションを与えてくれる。

 

ありがたいことです。

 

じゃそれぞれ見ていくとしますか。

 

アスファルト

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 都市生活者にとって最も身近な路面。

 

アーシング(大地に生身の体を接触させること)やトレイル裸足が好きな人の一部にはアスファルトが嫌いな人がいたり、

 

まだ裸足経験の浅い人にとっては刺激が強すぎて敬遠されがちだけれども(僕もかつてはそうでした)、

 

僕は案外好きな路面です。

 

都市生活者が裸足を愛するなら、好きになった方が裸足をもっと身近に楽しめると思う。

 

そもそも自然ってなんなんだろう?

 

人が作ったものは本当に自然じゃないんだろうか。

 

人が生きること、存在そのものが自然だし、人間の体の中なんてある種の宇宙だ。

 

地球にとっては人の作ったものも自然の一部なんじゃないだろうか。

 

最近はそう思う。

 

人が作ったものとそうじゃないものとの間に線を引く必要はあるのだろうか。

 

アスファルトにはアスファルトの良さがある。

 

色んなアスファルトがある。

 

とても綺麗に舗装されたもの、月日が経ってボロボロになったもの、最初から大きめの粒で構成されているもの。

 

裸足になれば、その違いを発見することにも楽しみがある。

 

いつも歩いている道からも発見がある。

 

僕はそんなことを思いながらアスファルトを今日も裸足で歩いている。

 

 

フィールド・草原

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かつて大ヒットした映画に「プリティーウーマン」という映画がある。

プリティ・ウーマン 特別版 [DVD]

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田舎からロサンゼルスに出てきた女優志望の主人公が夢破れ、娼婦に身をやつして暮らす中で、何か物足りぬ思いを抱えた大富豪の男と出会い、新たな生き方に目覚める物語。

 

その映画の中で公園デートをするシーンがある。

 

主人公は男に裸足になるように促し、男は驚くが、公園で裸足になってゆったりと本を読んだり、一緒に寝転んだりすることに新鮮な感動をする。

 

草原で裸足になることは無条件に日常の意識から違う意識の世界への扉を開けてくれる。

 

慌ただしい日々を過ごしている人ならなおさらその感覚の違いに驚くことだろう。

 

足の裏の感覚としても面白い。

 

大量の情報が足の裏から入ってくる。

 

露出した土の感触、小さな小石の感触、いろいろな草の感触、草についた朝露の感触。

 

葉っぱによって足裏の感じ方も違う。

 

聴覚では「耳をすます」と言うが、足の裏の場合はなんと言うのだろう。

 

足の裏で草原の声に耳をすます。

 

頭から体への感覚のシフトがスムーズに行われ、自然と心は穏やかになっていく。

 

僕が毎朝駅まで向かう途中には、50メートルほどの草原がある。

 

小さな草に挨拶をするように歩く。

 

優しい気持ちが心の中に広がる。

 

余裕がなかった自分の中にポッと心のゆとりが生まれる。

 

都会では貴重な草原だから、ありがたく歩かせていただいている。

 

 

公園独特の道

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僕の裸足ライフの原点。

 

ikadventure.hatenablog.com

 前回の投稿で書いたけど、僕は横浜のみなとみらいで裸足デビューした。

 

海沿いの綺麗に整備された約3キロの散歩道。

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裸足初心者に優しい公園だった(もちろん今でもそうですw)。

 

3キロの道中には本当にいろいろな路面素材が使われている。

 

新鮮な驚きだったのは、素材によって違う温度だ。

 

違う路面になるたびに足裏で感じる温度が変わる。

 

特に好きだったのは赤レンガ倉庫前のレンガだった。

 

肌にしっくり馴染むような温度と感触があった。

 

そして程よいザラザラ感。

 

路面のザラザラ感は驚くほど心地よい。

 

裸足に慣れてくれば慣れてくるほどそう感じる。

 

あなたにとってもっとも馴染む公園の路面素材はどんなものだろうか。

 

公園裸足にはそういう冒険要素がある。

 

 

森の道・トレイル

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僕はまだそれほど経験の多くない路面。

 

裸足ランニングをする人たちと出会い、今年のかすみがうらマラソンを裸足で走ったり、毎年埼玉県の飯能で行われる裸足ランナー限定のトレイルマラソン大会に参加し、その打ち上げの飲み会で裸足の人たちと交流するうちに、山を裸足で歩くこと・走ることの魅力を知り、今年の春くらいから鎌倉近辺のトレイルに行くようになった。 

 

トレイルの魅力は何と言ってもその複雑な路面にあると思う。

 

アスファルト・草原・公園の路面はたいていフラットだが、トレイルには多くの要素がある。

 

坂道だったり・下り坂だったり、乾いていたり・ぬかるんでいたり、岩場もあれば、木の根が大量に露出しているところもあるし、落ち葉が積もっていて地面が見えないところもある。

 

一歩一歩すべてが単調じゃない。

 

ぬかるみに足を滑らせるかもしれない、木の根を思い切り踏んでしまうかもしれない、落ち葉の下に隠れている大きな石を踏んでしまうかもしれない。

 

そういう危険とも裏腹だから、フラットな路面では要求されないような感覚が要求される。

 

僕はそんなトレイルを一歩一歩味わうようにして歩くのが好きだ。

 

特に木の根っこが露出しているところが好き。

 

根っこが露出しているような木はたいていは大きく、ゆっくりとその根を踏ませてもらうと、木と対話しているような気持ちになれるのだ。

 

 

他の人たちから「山を走るのはいいよ」と言われていたので、最初は当然山は走るものだと思って走っていた。

 

しかし、山の魅力は路面だけでなく、景色の美しさという側面もある。

 

上を見上げれば木の葉の間から空が見えたり、太陽がキラキラしていたりするし、見たこともないような植物を見ることもある。鎌倉のトレイルではリスや変わった鳥などを見かけることもある。

 

走っていたら感じられないそういう要素を僕はゆっくり味わいたいと思った。

 

今はそう思っているけど、もしかしたらそのうち山を走ることの魅力にも気づいて走り始めるかもしれない。

 

きっとみんながあれほど夢中になるトレイルランだ。

 

走ることでしか感じられない素晴らしい世界があるに違いない。

 

 

(番外編)

ビーチ・砂浜

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 先月、6月4日に九十九里浜マラソン 20kmの部に参加した。

 

どこまでもまっすぐに続く九十九里浜の海岸線を、風に吹かれながら走る。

 

6月にも関わらずこの日は快晴。30度を超えるような真夏日になった。

 

実はこの日の数日前から僕は風邪を引いていて、治りきってない状態で走ったのだけれど、そういう体調不良なんてどうでもいいと思えるほど素晴らしい体験だった。

 

 

 

ビーチもまた変化に富んでいる。

 

波打ち際から遠ければ足が沈むほどフカフカだし、波打ち際の内側は公園の路面よりもフラットだ。石ほど硬くはないが、表面はカチカチと言っていい。

 

九十九里浜は小さな貝は少なく、大きなハマグリが所々に転がっていて面白かった。

 

湘南のビーチならハマグリが転がってるのはあまり見たことがない。アサリの貝殻なら大量に転がっているけど。

 

今の僕はそういった貝を踏んでも怪我をすることはないが、以前の僕の足の裏だったら怪我をしていただろう。

 

 

特筆すべき面白い特徴がビーチにはある。

 

温度だ。

 

アスファルト・草原・公園・トレイルなどでは考えられないほどの高温に砂浜はなる。

 

30度を超える気温でガンガンに日に照らされたアスファルトも砂浜を歩いたあとでは「冷たくて気持ちいい」、そう思えるほど夏の砂浜は熱くなる。

 

あの熱すぎるくらいのビーチを「アチチ、アチチ!」と言いながら歩いていると、「生きてるなぁ」って思う。

 

死んだら感じることはできない。

 

 

実は最近、湘南の海に週末行って、海に浸かるのが大好きになった。

 

海水に浸かって冷えた体をその熱々の砂浜に転がすと、最初は熱いのだが、その後熱に包まれるような感覚になって至福の体験ができるのだ。

 

上からは太陽の熱が体を包み、下からは砂の熱が体を包む。

 

大げさに言えば地球と一体になったような気になる。

 

僕は毎日そんな暮らしがしたい。

 

春も秋も冬も捨てがたいが、今まさに夏の海の魅力に取り憑かれているから、夏がずっと続いてくれればいいのにって思う。

 

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いろんな路面を僕はこんな風に感じながら裸足で歩いたり走ったりしている。

 

こうやって書いてみて分かったけど、裸足で歩くことで地面の変化に気づくようになる、そこにその面白さがあるのだと思った。

 

単調な毎日が、ただ裸足になるだけで発見の連続になる。

 

好奇心が刺激される。

 

好奇心が刺激されれば心は楽しくなってくるものだ。

 

裸足になることで体に意識が移り、最後は心が整ってくる。

 

 

ある裸足仲間がこんなツイートをしていたのが印象的だった。

 

 

 

彼は3人の娘さんを持つパパだ。

 

僕は娘が1人いるだけだけど、3人もいる彼にとって、家族を養っていくということは僕には想像もできないくらいの責任感を感じているに違いない。

 

そんな彼の暮らしを、彼の精神状態を支えてくれているのが裸足であり、一本歯下駄で走るということなのだ。

 

このツイートを見た時、唸ってしまった。

 

正気で生きるための根幹

 

そうなんですよ、まさにそうなんです。

 

裸足で、足の裏で、地面を感じ、刺激をインプットすることで、自分の行きたくない方向に自分が傾きそうになった時、ハッと我に返れる。

 

心の弁なんです。裸足は。

 

裸足で歩いたり走ったりする人ならその感覚に共感できる人も多いんじゃないだろうかと思う。

 

いろいろな路面を紹介するはずが、僕にとって裸足とはなんなんだ?ということに行き着いてしまった。

 

そう、裸足とは僕にとっての心の弁なんです。

裸足で走り始めた頃は人目が気になって仕方がなかった

(駅に向かう途中の公園には短いけど立派なトレイルがある)

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(こんな木の根っこも露出している。こういうデコボコを丁寧に歩くことで、頭から体に意識を移すことができる)

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家から駅に向かうまでの道、

 

駅から家に帰るまでの道、

 

僕はそこを毎日裸足で歩いている。

 

 

4年前、

BORN TO RUNを読んで裸足で走り出した時にはとにかく人目が気になった。

 

横浜みなとみらいのデコボコの少ないスムースな路面を週に2・3回走るようになった。

 

早朝5時とかだったから、ほとんど人は起きてなくて、すれ違う人はほとんどいないけど、それでも恥ずかしかった。

 

 

裸足で走るようになってすぐにその解放感の虜になった。

 

 

みなとみらいまでの3キロの間はシューズを履いていく。

 

臨港パークに着いたらシューズを脱いだ。

 

靴の中で実は足が窮屈な思いをしていて、のびのびできてなかったことを感じた。

 

山下公園の手前まで走って(山下公園はけっこう足の裏に厳しいアスファルトで、当時は敬遠していた)臨港パークに戻ってくるまでの約5キロの道、人とすれ違うと恥ずかしいから、手に持ってるシューズをアピールしたいような気分だった。

 

不思議なものでシューズを脱いで裸足で走ると足が軽く感じた。シューズを再び履くと足が重くなる。

 

走っても進まない感覚。

 

だからだんだんシューズを履きたくないって思うようになっていった。

 

裸足で地面を掴んで走るとラクに走れるのだ。ラクに歩けるのだ。

 

 

しかし最初の頃はとにかく足の裏が内出血した。

 

痛くはないのだけれど、

みなとみらいのデコボコの少ないスムースな路面さえ、当

時の僕の足の裏は負荷に耐えられなかったのだ。

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数ヶ月経って足の裏が強くなってくると、わざわざ3キロも離れたみなとみらいまで移動せずに気楽に家の近くを裸足で走りたいと思うようになった。

 

どんどん足の裏が強くなっていく。そしてどんどん速く走れるようになる。

 

自分がどんどん変化していく。

 

それも裸足の魅力だった。

 

 

しかし家の近所を裸足で走るのは抵抗があった。

 

ぼくのことを知ってる人なら笑って「最近ハマってるんですよ、へへへー」で済む。

 

 でも僕のことを知らない人は理解がない。

 

だから変質者と思われるかもしれない、そんなことを気にしていた。

 

妄想していた

 

そしてその妄想に怯えてた。

 

今思えば本当に妄想だ。

 

本当にそう思う人もいるかもしれないが、永遠に僕にはそれは分からない。

 

誰かが「早朝に裸足で走っている変質者が近所にいる。住環境が悪くなるから追い出そう」と声をあげたり、直接声をかけてこない限り。

 

 4年前に始めて途中の2年のブランクがあったので、約2年裸足で走っているけど、今まで一度だってそんなことはなかった。

 

裸足であることに気づいて足に目がいく人はそれなりにいたけど、特段それで嫌悪感を示したりする人はいなかった。驚いてる人はいたけどね。

 

社会は僕が思っていたよりもだいぶ寛容だった。

 

たった1人変人がいても問題ないのだ。変人が徒党を組むと社会は嫌悪感を示すのだ。

 

 

ぼくは思い切って家の周りを裸足で走ってみた。

 

当時住んでいたところは公園や坂道、階段の多い場所だったからアスレチックのようだった。

 

公園の砂利道を抜け、長くて細い階段を駆け上がり、グネグネ曲がる道を駆け下りる。

 

 

裸足で走るとドキドキする。

 

風を感じる。

 

いつも以上に五感が鋭くなる。

 

気がつくと子供のような気持ちになっている。

 

笑顔だ。

 

 

シューズを履いている時よりも早く頭から体に意識が移る。

 

意識が体に移れば日常の嫌なことも忘れて体の感覚に夢中になれる。

 

体の感覚に夢中になってしまえば頭の中にあった妄想も消えていく。

 

裸足はクイックに心の状態を整えてくれるのだ。

 

シューズを履いているより短い距離と時間で僕をリセットしてくれる

 

 

加圧トレーニングというものがある。

 

低い負荷と短い時間で効率的に筋肉を破壊し、多くの成長ホルモンを出すのでラクに筋肉を大きくしたい人や、ラクにダイエットしたい人にウケているメソッドだが、あれに似ている部分があるかもしれない。

 

 

恥ずかしい、人目が気になるということはけっこう長く感じていた。

 

今でもゼロではない。

 

ほんの数ミクロンくらいは恥じらいの気持ちを持っている。

 

でももうそんなことどうでもいい。

 

これはぼくのライフスタイルなんだ。

 

心地よさの追求なんだ。

 

大切なのは心地よさを感じて笑顔になって、気持ちを開いていくことなんだ。

 

気持ちが開いている人に対して嫌悪感って感じづらい。

 

最終的にはそこにいけばいい。

 

「裸足で歩いてて変な人だけどいい人だよね」

 

「挨拶されると安らぐよね」と、そう思われる人になればいいのだ。

 

 

 けっこう長いことぼくは笑顔の少ない「ただの裸足の変な人」だったろう。

 

裸足で走っていると心の中には快はあるけど、表には出てなかったように思う。

 

でも頑張ることをやめ、努力することをやめ、たくさん食べることをやめることで変わってきたなぁって最近は思う。

 

ふと鏡を見ると晴れやかな顔をしていることが増えた。

 

 

裸足に出会えてよかった。

 

9ヶ月前までは他に裸足で走る人がいることも知らず、黙々と1人で走ってた。

 

どういうわけか他の裸足ランナーにも会ってみたいと思って、裸足ランニングの講習会に参加した。

 

ステキな人たちだった。

 

それからどんどん裸足の知り合いは増えていった。

 

 

みんながみんなというわけじゃないと思うけど、裸足ランニングのコミュニティーには愛がある。

 

人を優しく包み込むような優しさがある。

 

きっとそれは裸足という感覚が生み出す不思議な力なのかもしれない。

 

 

裸足ランニングに出会ってよかったです。

 

BORN TO RUNに出会ってよかったです。

 

BORN TO RUN 走るために生まれた ウルトラランナーVS人類最強の“走る民族

BORN TO RUN 走るために生まれた ウルトラランナーVS人類最強の“走る民族"

 

 

 

 

 

 

自分の感覚でゼロから自分の体を知る

(ここ2週間くらい毎朝これにお世話になってる。これで背骨を伸ばし、天地をひっくり返してボーッとしていると体も思考もリセットされるような気がする。)

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昨日は一日中眠かった。

 

朝も昼も夜も。ずーっとウトウト。

 

結局今日は6時間寝て3時半に目が覚めたんだけど、まだボンヤリ眠い。

 

 

おかしいなぁと思ってたら、仕事に行きがけの道で気がついた。

 

あ、コレ、水分不足のときの症状だ。

 

僕の場合、コーヒーが好きなので、コーヒーの利尿作用も手伝ってどうしても水分不足になりやすい。

 

水分不足になった時の症状としては

・頭痛

・眠っても眠っても疲れが取れない

 

この2つが起こる。

 

そしてそれに気がついて水を多めに飲むようになると、すぐに頭痛も疲れもなくなってしまう。

 

 

でも不食実験を始めて、食事をあまり食べなくなってからは、そういった「これまでの肉体的な常識」は一旦取り外して考えるようにしてた。

 

今までの体の常識は忘れて、自分の感覚でゼロから自分の体を知っていこうと思ったのだ。

 

食習慣が変わり、体の状態が今までとは全然違う。体の常識だって変わって当たり前だろう。

 

 

リニューアルした僕の体。

 

初めまして。これからよろしくね。

 

 

この眠っても疲れが取れないという状態には、試しに今までの常識を適用して水を多く取ってみようと思う。

 

効果が出れば、今の体でも有効な方法だということが分かるだろう。